放課後の教室棟

思うことを、ありのままに。まるで意のままに。

【TMO TWO SESSIONS】ここ渋谷から、音楽を。


6/8に渋谷WWWで開催されたTMO TWO SESSIONS、曽我部恵一や落合陽一、ぼくのりりっくのぼうよみトークセッションを繰り広げるという話で俺は速攻でチケットを取ったのですが、実に魅力的なお話を展開して頂きました。

 


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何せ全員その道のプロであり、音楽に関して誰よりも詳しいと言っても過言ではないメンバーが勢揃いしていたからまず間違いなく素晴らしい会になるのは確実で。

 

しかも整理番号10番で先頭列よ。半端なくないか。別に近くで見られるからといって特に何でもないけれど、落合陽一の顔色の悪さまでしっかり見える距離よ...と言うつもりが、案外血色良かった。流石忙殺されながらも健康診断ノーチェックでパスしただけあるね。俺ならあの生活したら3日で絶命すると思う。

 

さて本題に入ろうか!今回は長いぞ覚悟しろ!

 

 

 

第一部 都市と音楽の未来 〜あたらしい届け方〜

こちら登壇者は曽我部恵一若林恵、そしてさっき貼った画像には載っていない、急遽参加が決まった柳樂光隆。

 

曽我部恵一だよもうこれだけで豪華だってのに。若林恵といえばかの『WIRED』の編集長を務めた方。アツい。アツ過ぎる。どうかこの国の音楽の未来を教えてくれ。と逸る気持ちを抑えつつ、アルファゲルを強く握り締めていた。

 

結論から言うと、こちらの部は随分とリアリスティックな、金銭関係の話とかが多かったね。あまり若年層向けではない感じ。でも知っておかなければならない。

 

先ず法律学科の俺の気を一番引いたのは、エンターテインメントローヤーの話。ローヤーって、"lawyer"のことね。馴染みが薄いかもしれないから一応。

 

この話に関しては俺の通っている伊藤塾の塾長、伊藤真氏も実は前に言っていて。日本では兎に角エンタメローヤーが少ないらしい。それは恐らく司法があまり生活に介入しない、「二割司法」的な日本の土壌が原因なのだろうと個人的には思うのだけど。

 

大きなレーベルと小さな個人(アーティスト)が契約を交わす際、どう考えたって大きなレーベルの方は優秀な顧問弁護士もいて、様々な経験もあって、明らかに対等な関係ではないよね。そうした状態でアーティスト側を守ってあげる、まさに弁護するのがエンタメローヤー。

 

どう考えたって大切だし、必要とされているのは間違いないのだけれど、イマイチ人口が増えないらしい。折角だから質疑応答の時間に「エンタメローヤー目指します!」と言ったら冗談交じりに「是非うちに欲しいね笑」って。会場が和んだ。

 

それと日本のこの音楽業界が閉塞感に包まれている現状について。何と比較的自由度の高いアイルランドでは、市や町が主導して音楽フェスを開催することもあるらしい。日本は「小さな政府」なんて公民の教科書に書いてあるだろうけれど、まさにそれ。音楽文化にも勿論積極的に関わろうとはしないし、JASRACが牛耳る現状はあまり健全とは言えない気がする。

 

まあNHKにせよJASRACにせよ、既得権益を切り崩すのは容易ではないので当分は変わりようがないなあと思う。自由にアーティストが音楽を作れる環境を作るという意味でも、エンタメローヤーは必要なのかもしれない。契約やら権利やらのしがらみから解放するということで。小さいことから始めないと、凝り固まった体制は動かせないよ。

 

あと驚いたのは、YouTubeの広告収入は多くの場合アーティスト本人には入っていないということ。例えばこれ、空前絶後の大ヒットを記録したRADWIMPSの『前前前世』。

 

www.youtube.com

 

 

 これは現在1.8億回再生。単純に1再生0.1円としたら、広告収入だけで1800万円。馬鹿に出来ないよね。売れないバンドがMVのサムネイルをやたら美女にしたがるのって、これも理由の一つなのかなあと。フレデリックとか、女優は美人だわ、楽曲に中毒性はあるわで相当稼ぎを出せる。頭良いな。

 

こんな具合で、流石はレーベルの代表や雑誌の編集長なだけはあるなあという、第二部と比べて大分現実的な話でした。よし、次行ってみよう。

 

 

第二部 都市と音楽の未来 〜あたらしい音楽〜

こちらはもう言わずもがな最高。登壇者は落合陽一、水曜日のカンパネラケンモチヒデフミぼくのりりっくのぼうよみの三人。同様に鼎談形式で話が進んでいった感じ。

 

落合陽一が遅刻世界線に迷い込んだため5分遅れでスタートした第二部は、最初から本当に面白かったね。落合陽一の変質者感というか。圧倒的に一人だけ異質なオーラ。これか。この人が『日本最高戦略』や『魔法の世紀』といったベストセラーを飛ばしている今話題の落合陽一なのか。全身ヨウジヤマモトなのはもう慣れたものだが、何だこの挙動不審さは。徐ろに写真撮り始めるし。

 

でも論理がしっかりしているから全然変な人ではないんだよね。"良く言えば"の枕詞の必要ない個性的な人、って感じ。その教養、深過ぎるよ。

 

最初は水曜日のカンパネラの楽曲が「ネオ昭和」だという話からスタート。昭和というか最早日本書紀からインスパイアされたものや、安土桃山時代...つまり千利休をイメージした楽曲があるというから驚きだよね。

 

水曜日のカンパネラ、俺はコムアイがあまりにも猟奇的過ぎて正直パフォーマンスに理解が追い付かないのだけれど、ヒットサウンドメーカーであるケンモチヒデフミは案外真面目な人だった。でも天照大神に着想を得るあたり、どう考えても常人とは言えんよ。凄い。今度聴くわ水曜日のカンパネラ

 

そして話は平成が終わるという今ホットな話題へ。平成最後の夏、ぼくのりりっくのぼうよみは花火を観たいなんて言っていたけれど、やはりどう考えてもエモいよね。

 

ここで落合陽一が持ち出したのが、明治初期の廃仏毀釈。そこまでいかずとも多少、平成のコンテンツを過去のものだと糾弾し、全く別の新たなものが世の中に現れるのではないかという議論。

 

これが現実になったら面白いよね。次の元号になると同時に、何か新しい波が生まれるんだよ。それはきっと21世紀的な、これだけデジタルが高度に発達した時代に、更にまた別の変化が生じるなんて堪らない。正直生活していて驚きがないじゃん最近ってさ。バンドだってどっかから取ってきたフレーズのパチモンばっかだしさ。

 

音楽においても、その他何でも良いよ政治でも、教育でも良いけれど、間違いなく俺たち10代は変わっていく時代の渦中にいる。何も変化についていけとは言わないけれど、振り落とされれば老害とdisられる。さあ、あなたはどうする。

 

更にこの「夏のエモさ」に関しての議論は深みを見せ、次はこの個人の時代に「花火」と言えば華やかな浴衣に包まれて、りんご飴とヨーヨーを持った女性を、そして花火の爆音の最中「好きだよ」なんて言って、「え、何て言ったの?」「何でもない!」みたいなあれ。皆が皆これが頭に浮かぶのって不思議だよね、という。これだけ世界が様々なコンテンツで飽和していて、個人主義が台頭する中で、共通のイデオロギーの存在ってとても尊いと思う。

 

本来全くこれは侘び寂びといった感覚ではない、寧ろ極めて派手であり対極に存在するものなのだけれど、これをLicaxxx が「侘び寂びですね!」と言う。

 

勿論落合陽一は「いやこれは違うでしょw」と一旦は否定したものの、全員が同じ感覚を共通に持っているのなら、人口に膾炙しているというか、十分に寂びているんじゃないかと発言。彼が丁度考えを一歩先に進めた瞬間を垣間見た気がした。

 

また質疑応答では「SNSで自分の考えを発信したい!しかしフォロワーが少なくてどうしようもない!」という質問が。これ、さっきも書いた通り現代は個人主義だから、例えばこのブログもそうだけれど、趣味を共有することって難しいよね。YouTubeで再生数が多いのに、周りに知っている人がいないなんて、よくある話では?

 

これに対してぼくのりりっくのぼうよみは「大物に喧嘩売れ」、ケンモチヒデフミは「SNSやめろ」、と流石にそれは草って感じの回答のオンパレードでした。まあ、時間なかったもんね。仕方ないね。

 

喩えフォロワーが少なかろうと、昔よりも容易に拡散が出来る(良くも悪くも)社会になっているということに何かを見出さなきゃいけないだろうと、そう思います。

 

あとは「売れている音楽=良い」という感覚は危険だっていう話かな。まあ俺も米津玄師は良いにせよ、TWICEとかBTSとか少なからず良いとは思わんしな...

 

「売れないから駄目」「売れなさそう」とかいう観点からの否定は全く意味を成さない。そういう論議ね。だからお前ら、頼むから植田真梨恵を「でも売れてないじゃん」とか言うな。良い曲書くんだそれで良かろう。

 

ごめん、ひと月も空いてしまったからこれくらいしか書けない。本当はその日の帰りに書き上げてしまいたかったのだけど、ごめん。

 

ただこっちの部で音楽の話といえば、もう落合陽一がぼくのりりっくのぼうよみ水曜日のカンパネラを終始べた褒めし続けていた、それくらいだった。笑

 

ここで得た情報をすぐにシェア出来ればと思っていたけれど、何だか時既に遅しって感じだね。まあでも、適当に読み流してくれたら嬉しい。それでは、また。